心打たれた広野多珂子さんのトーク会

きれいに晴れた昨日の午後、「飛ぶ魚」は広野多珂子さんのトーク会に参加される方たちでいっぱいでした。窮屈な会場で申し訳ありませんでした。でも、広野さんがやさしく語りかけるようにお話くださった内容は、素晴らしいものでした。全部で7冊書き続けられた「ねぼすけスーザ」の絵本を一冊ずつていねいに紹介されながら、絵の細部についてもお話くださいました。はじめ絵の勉強にだんなさまとご一緒にスペインのマドリッドに行った頃のこと。画学生二人の暮らしはとても貧乏だったけど、どこかにそれを楽しむ気持ちがあったこと、そして市場での行列も無秩序のようでいて、トラブルはなにもなかったこと、このお話の主人公のモデルとなった女の子の絵を初公開してくださりながら、髪の毛も目の色も黒くして名前もスーザとしたこと。スーザの住んでいる場所はアンダルシア地方の当時訪れたとてもきれいな場所だけど、実際の場所というより、ご自分の中でできあがった風景なので、途中で訪れてイメージがくずれるのがこわく、一度も再訪しなかったことなどを話されました。一冊目の『ねぼすけスーザのおかいもの』ができるまで、10年かかったこと、それからも一冊ずつ時間をかけてつくられたこと、市場の複雑なようすも、電線がどのように配線されているかなど、細かいところは記憶でかいて、ページの前後でまちがいがないか、とても神経をつかったこと、など、興味ぶかいお話をしてくださいました。

 大好きだったお父様が亡くなったあと、泣き続けていたとき、絵本からスーザの声が聞こえて、立ち直ることができたこと、またスーザの両親がどうしていなくなったか、そのことはお話をかいていくうちに1936年から39年のスペイン内乱で、自分の意志で戦って亡くなった、ということがわかってきたこと、そして壁に掛かっていた額縁に何が入っていたのかも、スーザの両親の写真が入っていたとわかってきたこと、と話されました。

 作者と作品の関係について、このように作品のほうから、作者のなかに明確には意識されなかったことを明るみにだしていく力がはたらく、というのはほんとうに意味深い、貴重なおはなしでした。

 そして「ねぼすけスーザ」の「ねぼすけ」については、子どもが自分のベッドでねむり、自分のベッドでゆっくりめざめることができるということは、すごいこと、すごく幸せなことだと思う、といわれました。いつなにが起きるかわからない、子どものころ経験した伊勢湾台風で家がぺしゃんこになった経験から、そう思う。

 つつましい暮らしの中で、血のつながりはないけどやさしいマリアおばさんと、元気に働きながら暮らすスーザ。こういう暮らしこそが大切という思いがしみこむように伝わってくるお話でした。おもに編集を担当したIさんも広野さんがいかに考え抜かれて絵本をつくられているかを語ってくれました。そして関わった編集の3人も会場にいて、広野さんのお話に耳をかたむけました。

 優しく語りかける誠実なおはなし、ていねいなサイン、いらして下さった方たちはほんとうにうれしそうにサイン本を胸に、お帰りになりました。